9月2日(木)
橘木俊詔著(岩波新書)
最近、幼保一元化もしくは一体化の話題は聞こえなくなってきているが、すべての子どもが教育を受ける権利があるとすると、幼稚園や保育園の設置状況が地域によって偏っていることは問題であるはずだ。だが実際には大きな問題にはならない。これにはいろいろな理由があるだろうが、幼稚園がない地域でこのことを訴える人がまずいないからであろう。
ということは、幼保の差がないと見られているか?保育園でその担いがカバーされているからであるか?それともそこの地域の人がそもそも幼稚園を必要だと思っていないか?もしくはあきらめの境地なのか?といったところであろう。
また幼稚園があっても、親の就業の関係や経済的な状況で選ぶことができないということもある。どうも最近、機会の平等という点で、個人的にひっかかっている。
もちろん私はさまざまな施設があっていいと思う立場であるが、やはり選択の機会は平等であるべきだと思う。
この本を読んで、日本では教育は私的財であるとする一般的認識や経済発展を優先度の高い目標としてきた政府の方針によって、教育に対する公的支出が少ないということが改めて認識できた。
OECD諸国の中で教育機関への公財政支出の対GDP比は3.3%でトルコについで下から2番目、政府総支出に占める公財政教育費支出の割合は9.5%でなんと最低。
そして高等教育に財政支出が少なく、大学の学費が高いことで理解してもらえると思うが、何と就学前教育はアメリカ、イギリス、フランス、ドイツと比較すると極端に低い(在学者数で除したもの)というまことに残念な話だ。
先般も就園奨励費の23年度予算要求の数字がFAXで届いていたが、この例年の陳情活動のような動きをこのまましていても抜本的な改革につながらない。
大きな政策提言をしてかないといけない。
すべての人にとは言わないが多くの人に納得いただけるようなものを・・・。
んー。
少なくとも七日市幼稚園に入りたいと思う人はすべて受け入れてあげたい。
親の就業や家庭の経済状況にかかわらずだ。
全国から学生が集まってくる東京の私立大学と、地域に密着して存在する小さな幼稚園では、同じ私学でも全く役割がちがうのである。